ここあん便り

赤ちゃんに「うたい聞かせる」こと、「語り聞かせる」ことについて

先日、遠野のわらべうたについて木津さんのお話を伺いながら、赤ちゃんと楽しむわらべうたの真髄は「赤ちゃんをよく見て、赤ちゃんの気持ちに寄り添う」ことに尽きると再認識しました。

赤ちゃんは、何もできない無力な存在ではなく、意志を持った命のかたまり。
もちろん色々とお世話はしなくちゃいけないけれど、教え導く対象などでなく、自ら掴み取っていく力を持った有能な存在だということを、わらべうたを通して私は日々教えられ気づかされています。
けれどそのことを子育て中の皆さんに、しっかり伝えられているかしら?
「わらべうた」を伝えることに重きを置きがちで、もっと大事なこと、わらべうたを通じて赤ちゃんを理解し、赤ちゃんと感情を共有する喜びを、ちゃんと伝えられていないのかも・・・。
これからは、その大切なことを、押し付けでなく、さりげなく伝えられるように(お母さん自身が気付いてくれるような)向き合っていけたらなあ〜と私自身、気持ちを新たにしました。
わらべうたを続けていく中で、自分の立ち位置を確認したり、進むべき方向性が間違っていないかどうか、立ち止まって考える機会が必要です。
今回、木津さんとの出会いを通じてインプットしたことが、その機会となったことに感謝しています。
赤ちゃんに「うたい聞かせる」という行為は、遠野に限らず、私たちの先祖がごく当たり前に続けてきたことです。
その意味を、必要性を、私なりに整理してみたいと思います。
これは、今年の私の宿題になりそうです。
そんなことをぼんやりと考えていた私の心にピタッとくる本が届きました。
松居直さん、大好きです。講演録など、いつも大きく頷きながら読んでしまいます。

ブックスタートの意味、赤ちゃんと絵本を楽しむことについてわかりやすく書かれています。
わらべうたのことについても「うたい聞かせる」という表現で子どもに必要なこととして触れられています。
特に印象に残ったのは、松居さんのお子さんたちと「わらべうた」をうたい聞かせてもらったお婆さん(松居さんの母親)とのお別れの時のエピソード。
松居さんのお母様が息をひきとるその時、お子さんたちは昔にうたい聞かせてもらった「わらべうた」を耳元で自然にうたったそうです。
素敵ですね〜。

「絵本というものの意味や役割は何ですか?」という問いに、「共に居る」ことだと思うと述べられています。
本文より・・・
親と子が共に居て、その生活の時間と空間の中に「言葉」があること。
「読み手」と「聞き手」がその言葉の喜びを「共有すること」に、絵本の最も大切な意味と役割があります。

この「言葉」を「わらべうた」に、「読み手」を「歌い手」に代え、それをわらべうたの最も大切な意味と役割としてみたら・・・。
本当にそうだよね、としみじみしてしまう〜。

ブックスタートが定着し,常識となった日本ですが、わらべうたは失ったままなのかもしれません。
「うたい聞かせる」ということを、赤ちゃんに関わるひとたち誰もが自然に出来る。
どこのどの赤ちゃんも自分のための子守歌をひとつ持っている。
ひと昔前,当たり前に繰り返されたことを復活させたいものです。
そうした思いを込めて、わらべうたをうたっていきたいと思います。