災害と私。
阪神淡路大震災。
震度4の揺れの中、子どもたちを布団の中に押し込めて「大丈夫、大丈夫」とその上に覆い被さった。その後のニュースで大災害の様子を目の当たりにするも、どこか他人事だった。
鳥取県西部地震。
自宅に被害はなかったがおさまらぬ余震の中で自らが「被災地」と呼ばれる地域の住人となってはじめて災害は決して他人事ではないと悟った。
そして東日本大震災。
我が目を疑うような津波の映像、原発事故に言葉を失った。もう、こんな悲劇は起こるはずがない。そう思いたかったが、熊本で、さらにまたしても鳥取県を大地震が襲い、当たり前の暮らしの尊さを思い知らされた。
災害ばかりでない。私たちはいつ、どこで、何が起こってもおかしくない時代を生きている。明日、全てを失ってしまうかも知れない。
だからこそ笑って生きよう。子どもたちが笑って過ごせるように寄り添って暮らそう。
これは私の決意だ。何もかもなくしたとしても笑って過ごした「幸せの記憶」は、決して消えはしない。
日々是好日。
今日も「よし!」と気合いを入れて生きている。