書くことが好きで、毎日何かしら書き続けていた私はどこへやら…
暇が出来れば、韓国ドラマを次々に…もはやこれは依存症レベル?
そんな私が重い腰を上げて、出かけたのは、こちら↓初日のお芝居の方に。
岡本おさみさんとは、20年前くらいに一度お会いしたことがある。
亡くなった母が、おさみさんの写真とお兄さんの版画を合わせた小さな展示会を企画したことがあって、会食の席に同席した。
(何故そのような企画をしたのかは、今なお不明。)
そして、その時、ちょうど写真をやっていた姪も作品をいくつか展示させてもらったのだが、彼女に「歓びを(人の)撮ると良い」と、その席でひと言おっしゃったこと、それだけが記憶に残っている。
フォークソング世代のワタシ。
「旅の宿」をはじめ、吉田拓郎の楽曲を数多く手がけている有名な作詞家であることはもちろん知っていた。
だが、同郷の作詞家。
それも、同じ町内で育った方だということは、その時初めて知った。
米子市糀町2丁目。
岡本おさみさんが高校時代まで通った「柳の木のすぐそばの銭湯」は、私の実家の本家であり、幼い私が”よしおじさん”と通った懐かしい場所。
(私のエッセーに紹介)「さよならサイダー」
おさみさんと私は15才差の筈だから、3年ほどは同じ糀町で暮らし、同じ空気を吸っていたことになる。
高校生のおさみさんと、銭湯で遭遇していたのかも知れない。
散髪はあそこへ行ったはず、記念写真や試験のための証明写真を撮ったのはあそこ、具合の悪いときはあの病院、駄菓子屋にも行っていたはず…。
あの町の記憶を共有している、そのことが妙に嬉しい。
芝居は、おさみさんのエッセイを元に、彼の人生を辿って歩くような構成。
懐かしい唄とともに、私の小さな青春も蘇るひとときとなった。
書くこと。
億劫になっていたワタシに、おさみさんは刺激をもたらした。
糀町の記憶と、おさみさんに感謝!