ここあん便り

夏休みの記憶

8月6日。
広島に原爆が投下された日。
朝、毎年開催される「広島平和式典」を(NHKテレビ)見る。
子どもの頃から、欠かさず見て来たなあ。
振り返ってみると終戦の日が近づくにつれ、戦時中の悲劇を描いたドラマや戦争にまつわるドキュメンタリー番組を見つづけてきた。
どうしてだろう、子どもの私にとっても、知っておかなければならないこと、ある意味責務のような心持ちで見続けてきたように思う。
だから、夏休み、とりわけ8月の蝉の鳴くこの時期には、メディアでしか知らない戦争や原爆のことが一番に思い出される。

昭和8年生まれの母は、戦争をテーマにしたドラマを好まず、戦時中の話を嫌った。
昭和2年生まれの父もまた、戦争の話をすることはなかった。召集されたが、戦地へ出向く前に終戦を迎えたと聞いている。
小学生に頃、学校の宿題で、家族に戦争の話を聞く、というのがあって母に尋ねたことがある。
こちらの聞き方もまずかったのだろうが、まともに取り合ってもらえず、「戦争の話をするのは好きじゃない」みたいなことを言われたように記憶している。
こういった話題を、家庭内で話し合うようなことが小学生の頃の記憶に残っていないことを、今思い返し不思議に思う。
今はもう空の上の両親の、胸の内を、今さらだが聞いてみたい。

どういうわけか、8月になると、子どもの頃の私が思い出される。
8歳か、9歳くらいの私が、毎年、私のところへやって来て、あの頃の私の日常へと連れて行く。
今年も、小学生のまりちゃんが出没し始めた。