あるところに、なきむしの赤ちゃんがいました。
おっぱいを飲んで、オムツも取り替えて、なにも気持ち悪いところはないはずなのに、ちょっとした音にも驚いてないてしまうので、お母さんは昼も夜も赤ちゃんを肌身離さず育てました。
お座りできるようになっても、安心できるのはお母さんだけ。
他の誰かに触れられたり、だっこされることを拒み続ける赤ちゃんを、忍耐強く抱き続けるお母さんの姿は、その後も変わることはありませんでした。
生まれたときからずっとずっと不安でいっぱいだった赤ちゃんも言葉を覚えました。
自分の気持ちを言葉で表現できるようになると、その表情はどんどん変わっていきました。
音の正体など、身のまわりの出来事を理解できるようになって、お母さん以外の信頼できる膝の持ち主に抱かれるようになり、お母さんはやっと自分の身体を取り戻すことが出来ました。
素敵な笑顔の持ち主となった女の子は、もうなきむしではありません。
お母さんのおひざは、必要なときにだけ戻ってくる場所になりました。
感受性の強いお子さんは手がかかり育てにくいと言われています。
けれどそれだけに、手をかけ関わり続けることで、天性の感受性を良い方向に育むことができるのです。
ここあんでさまざまな母子に出会いますが、悩みや苦労が多いほど、その後に大きな喜びが用意されていることを実感します。
自分のことは二の次で、我が子のことに邁進する。母は偉大です。
そのようにして子どもと向き合う人を私は尊敬しています。