ここあん便り

庵主ひとりごと
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思春期のこと

思春期の人たちとどう向き合ったらいいか。ひとりひとり育ってきた環境も違うだろうから「こうすればいい」って正解はないよね、きっと。中学生の親さんたちに話しをすることになっているので、あの年頃の子どものことをあれこれ思う。私はどんなだったかと思い起こしてみる。お母さんのことを「あの人」などと呼んだり、随分批判的な見方をしていたように思う。自意識過剰なお年頃。学校からの帰り道、曲がり角での友達との立ち話はエンドレス。時折母に見つかって「みっともない」と言われても話は尽きない。毎日会ってて、すぐまた会う約束してたりするのに、今思えば、よく話す...

甚平

近頃、息子二人が揃って甚平を着ているのをみて、ニヤニヤしている。Tシャツに短パンが夏の家での過ごし方だったが、先日珍しく某デパートを親子してうろついているとき目についた甚平に、二人が「ちょっと着てみたいかも」と反応したのをいいことに、つい財布の紐を緩めてしまった母でした。もう社会人の二人だけど、甚平くらい買ってやっても良いわよね。小っちゃい頃の二人、夏にはよく甚平着せてたな〜って、しみじみしてみる母でした。...

キャンドルナイト

雨を心配したけれど、雨は止み、少し風のあるキャンドルナイトとなりました。今年は、東日本大震災の犠牲者を悼む気持ちを携えてのキャンドルナイトにしようと、日本をかたどったパネルを設置し、そこにキャンドルを灯しました。残念ながら小さなキャンドルは風で吹き消されてしまい、思うようにはいきませんでしたが、気持ちはね、被災地の皆さんに寄り添うことができたかな。写真は、終盤、すでに灯されたろうそくが消えはじめていたので、周辺に設置していたペットボトル灯籠を地図上にならべた様子です。キャンドルトークは「防災のはなし」、市の危機管理室長にお願いしました...

自分になる

子どもがいて、劇場という組織にであったからこそ私は自分になれたかな〜って思う。一人の人に出会うと、その人をもっと知りたくなる。きっと今、劇場の若い人たちは、永野むつみさんをもっと知りたい!って思っていることだろう。そして、永野さんの講演に出てきたロシア文学のことだとか、人形劇の師匠のことだとか、調べてみようなんて思っているかも知れないね。ふと我が身を振り返る。すぐさま浮かぶのは、鳥山敏子さんのこと。35歳の時だった。講演会にお招きして、やはり数日同行させてもらい、私自身大きく影響された。その後もお招きする機会や近隣での講演会などでお会...

やる気まんまん

どういうわけだか、やる気まんまんの私。「人間としてのお仕事」、ちゃんとやらなきゃ!!って気合い入ってます。昨日までの疲れもどこ吹く風。あれやこれやとたまっていたお仕事に着手。えいっ!!って夕方「散髪」もしてね、身も心もさっぱり。明日も朝から働きますぞ。お家のこともちゃ〜んとやって、夕方からはキャンドルナイト。こちらもやはり「人間としてのお仕事」だからね。キャンドルナイトin境港 6月18日午後7時より境港市民活動センター&市民広場にて和太鼓演奏でオープニングキャンドルトーク「これからの防災について」キャンドルコンサート 出演ミンクくじ...

私には私の言葉が

永野むつみさんのパワーに圧倒され続けた二日間。午後に永野さんを鬼太郎空港までお送りして、ちょっとひと息ついて、家族とのいつもの夕食を終え、ようやくクールダウンできたかな〜って感じ。永野さんのお伴をしつつ3回の講演を、全て聴かせていただいた。あえて何も言うまい。永野ファンを、たくさんたくさんつくっちゃったことは間違いない。講演会に参加している人たちの聴く姿勢、表情など見なくとも背中が全てを物語っていた。さて、明日は私が伝える立場になる。待っていて下さる人に、私は私の言葉で伝えてみよう。...

人間としてのお仕事

楽しみにしていた「永野むつみ講演会」は、いよいよ明日から。今日は午後、永野さんがこちらに到着されて、夕方のひとときホテルへとお送りする道すがら色々とお喋りさせていただいた。明日も明後日も、東京へお帰りになるまでご一緒させてもらうことは大変光栄。東日本大震災の被災地や原発事故の影響が心配される地域にも講演や公演を通じてのお知り合いがあるそうだ。「顔見舞い」(手ぶらで顔を見せるためだけにいくお見舞いのことらしい)に行ってきたとおっしゃっていた。そうした話しの続きに、「人間としてのお仕事」という話しをして下さった。人間には「生活の糧を得るた...

子どもと向き合う

親になるのは容易い、親でいることは難しい。ホントにね。子どもが成人したからって、親を卒業できるわけじゃないんだな〜って、私の場合、気づくのに随分時間を要した。今は、もう「子ども」と呼べない息子らを前に、「大きくなった子ども」の成長を、一定の距離を保ちつつ支えることの難しさを感じている。もはや容易に手を差し伸べることはできない。実際に手を出せることなどないしね。さて、いつでもひょいと抱っこできる幼い子どもとの時間が、かつて私にもあった。家の中じゅうを走り回る子どもたちを「こら〜っ!」と大声でしかりつける時間もあっという間に過ぎ去った。そ...