最終の「とことこ」が終わり、寂しさとともに成長した人たちの頼もしい姿が誇らしくも思えて、心地よい満足感に包まれています。みんな、大きくなったなあ〜。もうすぐ幼稚園に通うんだものね。赤ちゃんの頃からここあんに通ってくれたYちゃん。大きな声を出すこともなく、一見おとなしそうに見える彼女ですが、ここあんで過ごす時間を本当に楽しんでくれていて、♪ずくぼんじょ♪など歌うと、それは元気なつくしになっちゃいます。絵本を広げれば、静かにそっと一番前の席をキープして、可愛い声で言葉を返してくれます。その彼女がそろそろお帰りの支度と言う頃、私の所へ笑顔で...
ここあん便り
お楽しみ
ベイビーを待ち受けるわが家。サンルームに唯一できた壁面に、ちょっとお遊び[#IMAGE|S6#]でへへ・・・[#IMAGE|S12#]もしやここ、やがて「第2ここあん」になってしまうのでは[#IMAGE|S5#]という予感[#IMAGE|S53#]...
会話とは、言葉とは
93歳のリピートトークにうんざり気味のこの頃。楽しい会話とは何かを考える。まず、他人のことをとやかく言わないことだな。(93歳のリピートトークはほとんどが他人についてのあれこれである。)美しい言葉を使うことかな。(愚痴や文句は美しくない。)明るい、前向きな気持ちを伝えることかな。(眉間にしわを寄せて話すのはやめよう・・・)「口は災いの元」口から出てしまうと、取り消すことは出来ない。自分の言葉に責任を持たねば、と言い聞かせる日々。...
仏さんのご馳走
いつの頃からか、煮しめやぼた餅を好むようになった。年のせい?今回は残念なことに芋がなくて、普通のぼた餅。やっぱり芋ぼたでなくちゃあね。わが家は今、ベイビーを迎えるにあたりサンルームを増設中。ご先祖様方によろしくお願いしますと報告しつつ、ああ〜、明るい光の中、泣き声や笑い声が響くのを想像するだけでにやにやしてしまう”ばば”です。...
テレビとばあちゃん
朝ドラを見ながら朝食をとる93歳。近頃、テレビから流れる映像をそのまま受け取る傾向にあり、時代背景とか全くお構いなし。今朝は朝ドラのヒロインたちが昭和40年代につくった育児映画を見ながら「はあ〜、おしめに安全ピンを使うだなあ〜」と感心している。「これは昔の話しだよ」と答えると「はあ?」って・・・[#IMAGE|S15#]CGで恐竜などがリアルに動く映像など見たとときなど、「こげなもんがおるだなあ〜」・・・「いやいや、今はおりませんよ」ただでさえテレビが言うことは嫁さんの言うこと以上に正しいと思っているのに、映像技術の進歩でリアルと現実...
日々是好日
災害と私。阪神淡路大震災。震度4の揺れの中、子どもたちを布団の中に押し込めて「大丈夫、大丈夫」とその上に覆い被さった。その後のニュースで大災害の様子を目の当たりにするも、どこか他人事だった。鳥取県西部地震。自宅に被害はなかったがおさまらぬ余震の中で自らが「被災地」と呼ばれる地域の住人となってはじめて災害は決して他人事ではないと悟った。そして東日本大震災。我が目を疑うような津波の映像、原発事故に言葉を失った。もう、こんな悲劇は起こるはずがない。そう思いたかったが、熊本で、さらにまたしても鳥取県を大地震が襲い、当たり前の暮らしの尊さを思い...
春を告げる絵本
2月から3月、どうしても読まずにはいられない一冊。どちらも好きだけど、ここあんでは「ぽとんぽとんはなんのおと」を好んで読んでいます。きっと、神沢利子さんの紡ぐ言葉に惹かれるからでしょう。冬ごもりの穴の中、母さんクマのふところで目を覚まし始めたクマの子の耳に響いてくる音が、ひとつひとつ伝わってくるようです。それらの音が徐々にクリアーになっていくのを感じるとともに母さんクマの穏やかで慈愛に満ちた語りかけが何とも心地よく、やがて春の日差しに誘われ、穴から出て行こうとする親子の瞳の先に広がる世界までもが見えるような、そんな気持ちにさせてくれる...
社会復帰
先週の木曜日、人生初の全身麻酔&手術を体験し、翌日退院したものの身体がシャンとしなくてゴロゴロしていましたが、本日より社会復帰致します。当たり前のことですが「健康って素晴らしい」[#IMAGE|S12#]当面の目標は体力回復。まずは瀕死の状態であろう「腸内フローラ」の育成[#IMAGE|S6#]そして、やせたい人には悪いけど、「太りたいわ〜」[#IMAGE|S23#]ココンさんの人形劇「マリオネットの小作品集」出でてくる大好きなキャラクターみたいに・・・は、無理だろうけど。本日夕、開催予定の被災地支援公演「人形劇団ココン繭の夢」でクス...
記憶とであう
親知らずの治療のため、2泊3日の入院生活を経験しました。人生初の全身麻酔、手術は様々なことを考え、思い起こさせてくれました。33年前、新婚旅行帰りの飛行機の中で「無くしてしまいそうだから渡しておく」と言って手渡され、以来、私の右手中指を預かり場所としてずっと共にあった夫の指輪。もはや、つけていることさえ忘れているほど私の身体の一部になっていたけれど、この二つのブライダルリングを手術当日はじめて外した。指輪のない私の手は、なんだか違う人の手みたい。そうだ、来年、夫が定年退職を迎えたら、今度こそ持ち主の指に戻ってもらおう。今、再び指輪を指...

